shin__shin__shの日記

英検、全国通訳案内士、TOEICを中心に英語学習について書いています。あまり若いころに勉強をしておらず留学経験もありません。達人の英語ブログではなく普通の人が英語学習や資格試験に役立ちそうなことを書いています。いっしょにがんばろうと思える内容になれば幸いです。(^o^)  英検1級・全国&地域通訳案内士[英語]

英検1級に合格するとどうなるのか?

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こんにちは。
今回は英検1級に受かったときと、その後について書いてみます。


私が受けたときは、その年の第1回でしたので、二次試験の合格を確認したのは秋前だったかと思います。


二次試験の様子については別の記事で書いていますが、恥ずかしながらなんとかギリギリの合格でした。途中までは順調でしたが、最後の質問で気を抜きフリーズしてしまいました。なんとかエーとかアーとかは話して、教室を出るまでもとにかくテンション高めにごまかしまくりました。(^_^;)


雰囲気はよかったので受かっているのではないかとも思っていましたが、スコアをみて冷や汗ものでした。


しかし、英検は合格か不合格です。休みの月曜日にネットで結果をみて、1人ガッツポーズをしました。一応嫁さんにもラインをしてソファーでボケーっとしていました。


結局とろうかなと思ってから3年弱ほどかかりましたので、ようやく英検の呪縛から開放されたという喜びでいっぱいでした。


共働きなので、一人でしたが、とりあえず祝杯だなと思い行きつけのお好み焼き屋さんで一杯やりました。


つづく

東風吹かば匂ひおこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ 春を忘るな 菅原道真 どっちが正しいの?

こんにちは。
今回も菅公の和歌です。


東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな (拾遺和歌集)

東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ  (大鏡 巻二)


有名過ぎるくらいの和歌ですが、一応現代語訳は、


春風が吹いたなら、(京都に)主人がいなくても梅の花よ、しっかりと咲いておくれ。


という感じでしょうか。藤原氏の計略によって大宰府に追いやられた菅原道真の梅に関する和歌です。そののち、菅家の梅は一晩にして大宰府の主人の元へ飛んで行ったということです。※飛梅伝説


和歌の最後が、春を忘るな、のものと、春な忘れそ、と2種類が存在しますが、どちらが正しいのでしょうか・・


諸説ありますが、時代として古いのは

『春を忘るな』です。古いから必ず正しいとは言えませんが、菅原道真本人の時代に近い方が信頼できる気もします。


また、古文で『な〜そ』の禁止を教えるときに学校の先生が、こぞって例に出したこともあり、『春な忘れそ』のほうが広まったという説もあります。


ちなみに私の知っている天満宮の石碑などは全て『春な忘れそ』です。(^_^;)


さてさて、菅公はどちらで書いたのでしょうか・・また改編した人はどういう思いで変えてしまったのでしょうか・・


どちらがかっこいいか、ではなく、真実が知りたいですね。あらためて味わうとどちらも趣がありますね。(^_^;)

こころだに誠の道にかなひなば祈らずとても神や守らん 菅原道真 意味

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こんにちは。

今回は私の好きな菅公、菅原道真の和歌です。(総理大臣じゃないよ(^^))


やましい心を持たず、誠心誠意行動をしているならば、祈りがなくても神様は守ってくれる。

というのが意味になります。しかし、祈らなくても神様は守ってくれる、ともとれてしまう和歌でもあります。


こういうものは、諸説あるものが多いのですが、実は菅公はとても真面目な方で、平安時代の貴族や政治の腐敗や庶民の生活などについても真剣に考える方でした。


その中で、考えもなくとりあえず祈りを捧げる貴族や僧侶に対しての嫌味もこもっているという説があります。


何もせずに、ダラダラ生きて、ただ信仰にすがるだけ、もしくは形式的な祈りなどは意味がないということでしょうか。


当の菅原道真は今や天神様になってしまい祈られる立場ですが、どう思っているのでしょうか。


漫画『応天の門』での菅原道真が私は大好きなのですが、彼ならば


『は?勉強もせずに祈りだけ来たのですか?ありえないです。帰って勉強したら?』とか言うかもしれませんね。笑


私なりの解釈としては


しっかり誠心誠意行動した上で、祈れば、神様はさらに気にかけてくれるのではないかと思うようにしています。


受験生であれば、まずは学ぶこと、最後の心の拠り所として天神様がいらっしゃると考えるとよいのではないでしょうか。

岡本太郎『同じことを繰り返すくらいなら 死んでしまえ』

『同じことを繰り返すくらいなら
死んでしまえ』

岡本太郎さんの生前の言葉です。

歳をとってくるほど胸にささる言葉です。

ダラダラ過ごした1ヶ月の速さに時々恐怖を感じます。(^_^;)


不満でも満足でもない毎日は、生きているのか死んでいるのか分からないような気にもなります。同じ職場で同じ仕事をしていると、ときには虚無感に襲われるのは当然かと思います。


自ら変化を求めていくことが、重要ですね。変化こそ生きている証でもあります。誰もが一度は思うことを、岡本太郎さんはズバリ言い切ってくれたと思います。


変化と言っても、通勤手段を変えたり、いつもと違うお店に入ったり、趣味を見つけたり、小さな変化でも効果はあるのではないでしょうか。


また、同じような毎日が必ずしもだめというわけではなく、語学や何かを極めるような鍛錬のための、同じような修行の毎日ならば人生は輝くのではないかと思います。


ダメな継続と、良い継続があるということですね。いろいろ生きてきて選んだ道なので全て間違っているということは絶対にないと思いますが、完成することも、またないものですので、変わる勇気も必要ですね。(^_^;)


大切なこと、したいことを始めて『続ける』って大事ですよね。勇気を持って歩いていかなければ・・・

通訳案内士 賽銭箱 英語で?

こんにちは。
今回は 賽銭箱 を英語でどう伝えるかについて考えてみます。(^^)


まず、どういう候補があるかというと、

・offertory box
・offering box
・a box in which we throw money

など、money boxとか分かりやすすぎるものもありました。


個人的には、
①伝わること
②意味を変えすぎないこと
が大事だと思います。


私は『donation box』を使っています。ダイレクトすぎることもなく、誤解もなく、伝わる表現です。


今回は賽銭箱ですが、実は通訳案内士のテキスト通り覚えても、伝わらない言葉はたくさんあります。

また、完全に日本文化を正確に訳したものが、必ずよいともいえず、通じないこともあります。


なによりも、相手が求めているかどうかが大事です。

自分が暗唱できるからといって、延々と暗記ガイド説明を誇らしげに続けるガイドも結構いるのですが、理想ではないと私は思います。


コロナあけたら・・あけたら・・いつあけるんだろ・・野外でガイドしたいなぁ
(^o^) がんばりませう!

通訳案内士 神=God? Deity?

こんにちは。
今回は通訳案内を英語でするときの表現を考えてみたいと思います。(^^)


『神』は日本の観光では必須ワードと言ってもいいくらいよく使う単語ですね。

私は初めて『神』を説明するときに、当然のように『God』を使っていました。しかし、外国人観光客は不思議そうな顔をしているので、いろいろ学んでいくうちに不自然さがようやく理解できました。


多くの欧米のクリスチャンの方にとっては『神』はイエス・キリストヤハウェなど唯一のものなので、日本に特に複数いたりすることに違和感があるようです。


例えば八百万の神々を説明するときにも、
How many Gods 〜 と言い回したりするのも不自然になります。


とはいえ日本人にとって神は神ですので、どちらが正しいというわけでもないのですが、『deity』は『God』と差別化するためには有効なようです。


私は宗教家でないので、どちらでもいいですが、クリスチャンにとっては大事な言葉ですね。


余談ですが、この神様は恋愛の神様で、あの神様は健康の神様で・・という説明をしたときも、『え、なんでオールマイティじゃないの?誰が1番偉いの?』などと言われ返答に困ったこともあります。(^_^;)


たしかに、日本にはニッチな神様もいますよね。草鞋の神様とか、理解されなさそうっすね。(^_^;)


イエス・キリストでないのに、神様になっている菅原道真徳川家康にも驚愕するでしょうね。Σ(゚∀゚ノ)


うーん・・英語とは興味深いですね。今はコロナ禍でまったくガイドもできてないので、来たるべき日に備えて学びます。
\(^o^)/

『通訳案内士』と『通訳』の違い

こんにちは。

今回は、『通訳案内士』と『通訳』の違いについて触れてみます。


結論から言うと、別物です。


特に同時通訳をされている方は日本国内での最高峰の英語力を持っていると思いますので、例えば私のような通訳案内士の資格だけ持っている者を『通訳』と呼んだり、同じ目線で語ることは、『通訳』を生業にしている方は気分を害されるかもしれません。


『通訳案内士』? ああ、ガイドさんね・・と軽くあしらわれることもあるかもしれません。


では『通訳案内士』<『通訳』かと言うとそうでもなく、一流の通訳案内士は同時通訳者と同レベルか、それ以上のスキルを持っていると方もいます。

さらに、日本の文化や観光というものは本当に奥が深く、私も学んではいますが、史跡や神社1つとってみても到底極められないほどの情報量があります。


一方の『通訳』に関しても会議通訳やビジネス通訳、さらには政治、国際的な通訳まで考えると、相当なキャリアと仕事にかける準備が必要となります。その瞬間を訳さなければいけない通訳は本当に毎回が真剣勝負のようなものでしょう。


ただ、通訳案内士は国内唯一の英語国家資格ということもあり、志願者は多く裾野も広いので正直ピンからキリまでいろいろです。中には結構厳しい英語力の方もいますので、一般的には『通訳者』の方が高度な英語力を持っているケースが多いかもしれません。


また通訳案内士は、やはりガイドさんでもあるので英語力だけで価値が決まるわけではありませんので、そもそも比べることがナンセンスなのかもしれませんね。(^^)


あと冷静に考えてみると『通訳案内士』の業務で『通訳』をすることは少ないですね・・いろいろ誤解をうみやすいネーミングかもしれませんが、このなんか威厳のありそうなネーミングが資格学習者を引きつけるのかもしれません。(^_^;)


ほんとは『英語ガイドさん』とかが一番分かりやすいのかもしれませんね。(^^)